SUKIKO KANNADUKI
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神無月好子/SUKIKO KANNADUKI
Hängen-Pazs

環境問題をはじめ、原発、社会問題などを、今までにない切り口で、わかりやすく馴染みやすく伝えるため、『GARCIA MARQUEZ』×『stop-rokkasho』のチャリティーコラボバックや、森林保全の『more trees』×『ANOTHER EDITION』×『HELLO KITTY』のチャリティーコラボバックの展開、執筆、講演会やトークショー出演、イベント開催など、多方面で活動中。


月別アーカイブ: 7月 2015

ドキュメンタリー映画 『“記憶”と生きる』

サザエさんを人ごととは思えません・・・長谷川町子さま・・・
このドキュメンタリーの完成披露上映を観に行った日も、財布を忘れたのです・・・
でも知り合いの方と偶然受け付けで会い入場料を貸していただき観ることができました(感謝)
本当に本当に、その日に観ることができてよかったと思えました
約200席の会場、入場できなかった方もいたのでは?たくさんの方がいらしてました

 

ドキュメンタリー映画 『“記憶”と生きる』
1910年〜1945年まで、日本は朝鮮を「植民地支配」していました

1931年の満州事変にはじまり1945年の敗戦まで15年にわたった戦争
日本軍は占領した中国はじめアジア各地に日本軍専用の慰安所を作りました
植民地とされていた朝鮮の女性たちも日本軍「慰安婦」にされました
その朝鮮人女性たちが暮らす「ナヌム(分かち合い)の家」を訪ね
1994年から約2年間、百数十時間撮影した映像を、土井敏邦監督が1年かけてまとめたものです
http://www.doi-toshikuni.net/j/kioku/

こんなね、こんな苦しい記憶とともに生きたい人がどこにいるのでしょうか・・・
でも、彼女たちはともに生きなければならなかったし
そして今も、ともに生き続けねばならない人たちがいる・・・
そんな、消したい、思い出したくもないような辛い体験を呼び起こし
後世のわたしたちに伝えてくれているのですね
その声の、話の記録を、わたしたちも記憶していかなければいけないわ・・・

 

植民地や占領地だった各国の女性からの慰安婦にされたという被害の訴えがあります
一方で、日本の侵略や慰安婦の問題について、嘘だのなかっただのという人がいます
授業では(政府に都合の悪い)近代史は詳しくは教えられませんし
(今では侵略、慰安婦などの記述さえ排除されようとしていて)
正直、混乱する、よくわからない、 という人がたくさんいるのではないかしら
ネット時代ですから、見るほどに両方の意見が載っていて、なおさらわかりにくい・・・
(よく見ていけば言葉使いなどから書き手の人柄がわかり判断できると思いますが)
みなさま、ぜひ、この映画を観てほしいと思います
何が本当なのかわからない、なんていう悩みはきっと消え去るはずよ

 

といっても、映画では、歴史を検証しているわけではありません
おばあちゃんたちの身に起こったことの「証言」、それだけです
それはとても貴重で、強いものだと思います
だからこそ、そのありのままこそが
わたしたちが見るべきもの、知るべきものは何かを
大切なことを伝え、教えてくれるのではないかしら

 

スキコはこのblogでも書いているように、ここ数年で何度か韓国に行っています
景福宮という大きな王宮に行くと、入り口に光化門という立派な門があります
今はその門をくぐれば次の門があり、ず〜っと後ろには北岳山が見えるのですが

映画の冒頭、1994年12月の映像にその光化門の後ろには山が見えない
背後にそびえ立つのは、巨大な西洋式の建物、「朝鮮総督府」
日本は植民地支配をしていましたから、光化門の後ろに「朝鮮総督府」を建てた・・・
何百年も(焼失や再建あれど)続いて来た朝鮮王宮の中に・・・
そこからも支配の歴史の、罪の重さを感じざるを得ませんでした

 

慰安婦問題を知りたくていろいろと書籍などを読むと、様々な証言が載っています
行為を拒否したところ刃物で何十カ所も刺されたとか、暴力を振るわれたことなど・・・
それはそれは、もう本当に、涙なしでは読めない
身を削る思いで、どんな気持ちでその時のことを証言してくださったか・・・

 

ところが、この映画では、おばあちゃんたちは、どんなことをされたのかは
「とても話すことができない」と言います
初めて慰安婦として金学順(キムハクスン)さんが名乗り出たのは1991年
1994年といえばその少し後ですから
2015年の今よりももっと、ましてやテレビカメラの前では、話すのは辛すぎたのかもしれません
(もちろん彼女たちの本当の辛さはわたしにははかることはできませんが)
でもね、だからこそよけいに、そこから深い、とても深い傷を感じるのです
この問題が「性奴隷」の問題であるということを

 

当時、彼女たちは10代〜20代前半くらいでした、女性というより女の子といっていいくらい
そんな若い子が、まさかそんな仕事と知らず騙されたり、強制されたりして
見知らぬ、しかも自分の国を侵略した国の男性たちに、1日に何十人もの相手をさせられる

上映会場の外で安世鴻さん(ニコンサロンで予定されていた写真展が中止された方)の写真があったの
添えられたキャプションに慰安婦にされた期間が載っていて、愕然としました
長い方では、10年、11年間も・・・
女性にとって輝いてる時代でしょ、恋愛したり楽しい年頃じゃないですか
そんな時に、こんな目に遭わされるなんて・・・
我が身に置き換え、または我が家族、親族、大切な人に置き換えて想像してみてほしいわ・・

わたしはおばあちゃんっ子でした、おじいちゃんおばあちゃん、どちらも大好きだった
もしも自分のおばあちゃんが過去にこんな思いをしていたらと思うと許せないし
自分のおばあちゃんではなくても、どれだけ辛かったかと思うとやりきれない気持ちになります

 

そしてもう一つ・・・
おばあちゃんたちはもう男性なんて嫌だったと思います
しかし日本は敗戦してその後復興へ向かうことができても
日本の侵略後も、南北分断、朝鮮戦争など、日本やアメリカなど他国の身勝手に翻弄され
「韓国」は復興に向かうことがなかなかできなかった
戦後祖国に戻っても日本軍の慰安婦にされたことなど言えなかったのですから
復興ままならぬ苦しい経済の中、一人でどれだけ苦労したことでしょうか

しかし、慰安婦にされたことを言えなかったからこそ結婚しなければならなかった人もおり
子どもをもうけた人もいました
おばあちゃんたちね・・自分だって苦しいでしょう・・・
それなのに、自分よりも、我が子のことをね、常に心配しているんです
慰安婦にされたのはおばあちゃんたちのせいじゃないのに、子どもたちに申し訳ないって
それがもうほんとうに・・・あぁ、上手く言葉になんてわたしにはできません・・・
おばあちゃんたちのその姿を、心を、ぜひ多くの方に知ってほしいです

 

観た方がそれぞれ考えることですから
わたしもたくさん感じたこと、思ったこと、書きたいことがありますが
内容についてはもう我慢しますね
映画は第一部と第二部の構成になっていて
証言と、その体験や気持ちを表した絵(とても上手)によって、計3時間35分ですが
決して、長いとは思いませんし感じません
登場するおばあちゃんたちは、みなさんすでに亡くなられてしまいました
第二部では、その中のお一人、姜徳景(カンドクキュン)さんの半生、そして
闘病と亡くなられるまでの姿を記録しています
姜徳景さんが亡くなられる直前に遺言のように残した言葉があります
それはここには記せませんが・・・

おばあちゃんたちの過去をなかったことにできるような
辛く苦しい記憶を消せる魔法があったらいいけれど、そんな魔法はわたしには使えません

だから、その遺言をなかったことにしてはいけないと思うの
わたしたち日本人は重く、きちんと受け止めて
そしてまだご存命の元慰安婦のおばあちゃんたちが亡くなられる前に
先に天国にいった仲間に報告できるような、名誉や尊厳の回復ができるよう
できる限りのことをしていかなければならないのではないでしょうか
おばあちゃんたちの記憶の記録と、遺言を受け取りに劇場に足を運んでくださることを願います

『“記憶”と生きる』
第一部 分かち合いの家 (124分)
第二部 姜徳景 (91分)
監督・撮影・編集:土井 敏邦
編集協力:森内 康博
整音:藤口 諒太
配給:きろくびと(info@kiroku-bito.com)
2015年/日本/215分(124分+91分)
写真:安 世鴻

7月4日(土)より渋谷アップリンク他、全国で順次上映
渋谷アップリンク:http://www.uplink.co.jp/

おばあちゃんたちがされてきたことは
たとえどんな理由があろうと、戦争だろうが、軍の関与があろうがなかろうが関係ない
日本人として残念だけど、日本人がしたことで、やってはいけない、とてもひどいことです

おばあちゃんたちの記憶が消せないように、日本がしたことも消すことはできません
数百年前のことではなく、まだご存命の方がいらっしゃる、たった数十年前のことです
日本の政府が法的に責任を認め、謝罪や賠償をしていかなければ
そして二度とこのような過ちをくりかえさないようにしなければ

でなければ、身を削る思いで辛い体験を話してくださったことや
亡くなってしまわれた方々の命が、無になってしまうかもしれない、そんなの悲しすぎます
もうあんなことを起こさず、これからはアジアのみんなで仲良くしていかなくちゃ
そのためにも、胸を張れるような素敵な日本になってほしいのです
正直に悔い改めることができるというのは、とても勇気ある素晴らしいことだと思うのです

 


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